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資料ID | 02-0000236 |
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作品名漢字 | 網島より城見雪 |
作品名読み | アミジマヨリシロミユキ |
シリーズ名 | 大阪名所 |
画家名漢字 | 貞信(二代)画 |
画家統一名 | 貞信(二代) |
画家統一名読み | サダノブニダイ |
画家解説 | 貞信(二代、初代小信) さだのぶ(このぶ) 嘉永元年(1848)~昭和15年(1940) 長谷川氏。初代貞信の長男。通称徳太郎。はじめは小信と称したが、明治8年(1875)父貞信の跡を襲い二代貞信と称した。父貞信(初代)の下に修行していたが、のち一鶯斎芳梅に学んだ。慶応3年(1867)20才頃から画作をはじめ、鳥羽伏見の戦い、続く明治天皇の難波御幸など当時の世情を主題にした作品を一挙に描いた。維新以後も、大阪市中の開化風俗を描く錦絵・風景版画を数多く遺した。 その他、錦絵新聞や新聞小説の挿絵、芝居絵や肉筆風俗画も手がけた。 |
請求記号 | 大和銀文庫/182/# |
名所名1 | 大阪城 |
名所名1読み | オオサカジョウ |
現在の市区町村1 | 中央区 |
ジャンル名1 | 建造物 |
作品解説 | 豊臣秀吉が天正11年(1583)から工事を始めた巨城。後に居城とした。大阪冬の陣、夏の陣で天守閣等を焼失するが、寛永6年(1629)に再建された。江戸時代の大坂城には城代が置かれ西国大名の動静を監視した。『摂陽群談』には「金は七宝の初、土中に朽ちず、火も焼くこと能わず。よってもって世俗金城と祝し奉る」とある。『浪華の賑ひ』には「城郭の結構、守護の厳重は申すも恐れ多し。城外の風景ことさらに美観なり」と記している。 「金城」とはいわれたが、再建された天守閣も寛文5年(1665)に落雷のために焼失し、復興は昭和6年(1931)であった。 明治維新後に鎮台が置かれ、明治19年(1886)に第四師団に改められた。 |