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資料ID | 02-0000196 |
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作品名漢字 | 安治川橋 |
作品名読み | アジガワバシ |
シリーズ名 | 浪花百景之内 |
画家名漢字 | 貞信(初代)画 |
画家統一名 | 貞信(初代) |
画家統一名読み | サダノブ |
画家解説 | 貞信(初代) さだのぶ 文化6年(1809)~明治12年(1879) 長谷川氏、通称文吉のち徳兵衛、名は貞信。南窓楼、雪花園、猶園、五双亭、浪華亭、信翁、信天翁、蘭考などと称した。また有長、貞宜の画名もある。安堂寺町浪花橋筋の茶巾袱紗商・奈良屋の長谷川治助・お鹿の三男として生まれる。初め四条派画家上田公長の門に入り、のち歌川貞升に、さらに柳斎重春に学ぶ。初期は大判役者絵を専らにしていたが、天保の改革を境に風景画に転進、『浪花百景』などの作品を生みだし、上方風景画の代表的画家と言われるに至った。明治8年(1875)68歳の時、長男の小信に貞信の名を譲った。 |
請求記号 | 378/1134/# |
名所名1 | 安治川橋 |
名所名1読み | アジガワバシ |
現在の市区町村1 | 西区 |
現在の市区町村2 | 福島区 |
ジャンル名1 | 貞信・浪花百景 |
ジャンル名2 | 橋 |
ジャンル名3 | 水上交通 |
作品解説 | 安治川に架けられた橋。富嶋1丁目と安治川1丁目を結んだ。橋の西の2丁目は俗に新堀と呼ばれる賑わい場であった。『摂津名所図会大成』には「いづれの舟着の泊茶屋軒をつらね昼夜絃哥の声絶ず紅顔雪肌のともがら徘徊してすこぶる賑わし」とある。 明治に入って、居留地への入口として新しい安治川橋が架けられたのが明治6年(1873)。マストの高い舟が航行する際には橋げたの中央部分が旋回する可動橋で、その様子から人々は「磁石橋」とも称した。 明治18年(1885)の大洪水をきっかけに撤去された。現在はトンネルを通って西区と福島区の行き来がおこなわれている。 |